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体重が70kgの大台を突破した。ベトナムとタイ旅行から帰ると2kg増えていた。恐れていたことが現実となって落ち込んでしまう。
ふだんの生活では朝は牛乳とコーヒーぐらいですませるのだが、ベトナムとタイでは朝もしっかり食べた。ホテルの朝食はバッフェ方式だが、その場でオムレツを作ってくれるし、ハムも大きな塊から切り分けてくれる。このほかにアジアの料理もいろいろ並んでいる。野菜もクロワッサンもうまい。さらにフレッシュジュースも飲んだ上に果物などのデザートまで食べてしまう。気持ちのいいテラスで朝の光を浴びて食べる食事は満足感で満たされる。 そして、朝しっかり食べたのに、昼もなぜか食べたくなってプールサイドでビールとクラブサンドイッチなどを食べてしまう。夜はホテルで食べることもあるが、だいたいは街へ出て、ベトナムではベトナム料理を、タイではタイ料理を食べ続けた。これでは太るのは当然だろう。 人間が卑しいのだと旅から戻るたびに反省する。今回も同じだ。そしてまたダイエットだとつぶやいては「シシュフォスの神話」が思い浮かぶのである。 ![]() 昨日、桜ヶ丘公園に出かけた。この公園は都内の公園では最も好きな公園の一つだ。ちょうど紅葉が見頃だろうと思って期待して出かけたが、行ってみるとすでに盛りは過ぎてくすんだ色になっていた。1週間遅かった! しかし、紅葉を見るほかに最近買ったカメラのテストをする目的もあった。LUMIX DMC-FZ48というコンパクトなカメラでパナソニック特有のEX光学ズームは最大46.9倍という驚きのスペックだ。レンズ交換なしで超望遠での撮影ができる。試しにズームを最大にしてみると超望遠過ぎてとても実用的ではないと思えた。すると、野鳥の澄んださえずりが聞こえてきた。とっさに超望遠の機能が思い浮かんで、野鳥を撮影した。帰ってパソコンに取り込んでみるとなかなかよく撮れているではないか。 巨大な望遠レンズを装着して野鳥を狙っている愛好家などを見かけるたびに、僕はそんな趣味はないと思ってきたのだが、これからは態度が変わるかもしれない。ところで、この野鳥の名前は何だろう。調べてみよう。研究課題が増えた。
これは昨日福島県川俣町の友人から聞いた話だ。
福島第1原発事故のあとで川俣町には一時的に何千人という人が避難してきた。川俣町ではあまり見かけない3ナンバーと外車で避難してきた人がほとんどで、町の人々は驚いたという。川俣町も地震による大きな被害を被っていたが、その人々に対して炊き出しなどの支援活動を行った。とりあえず炊き出しのおにぎりとタクワンだけの支給となったところ、避難してきた人々からは「こんな冷たいおにぎりとタクワンしかないのか」と不満と怒りの声が上がったそうだ。その人々はその後埼玉県に移って行ったが、川俣町の人々は今でもこの出来事を忘れることができないという。 このような出来事はマスコミの報道からは知ることができない。原発事故によって翻弄される人々の姿や出来事が浮き彫りになって、改めて取り返しの付かない大事故だったと思わずにはいられない。
年末年始にはマドリッドへ行こうと思ってから、ルフトハンザの航空料金をチェックし続けてきた。その経過は次のとおりだ。左の列は2人の航空料金、右の列は燃料サーチャージなどその他の料金を含めた2人の料金の合計だ(単位:円)。
9月25日169830 340740 9月28日161100 323260 10月1日144600 290260 10月2日161100 323260 10月4日169690 340440 10月5日170100 341260 10月8日161100 323260 10月9日170100 341260 10月10日170100 341260 10月13日186600 374260 10月17日196190 393440 10月22日186380 373820 10月30日206306 413780 10月31日196780 394620 10月1日の時点では2人の合計で290260円と30万円を切った。その時「よし、もう少し待てばもっと下がるかもしれない」と思ったのが今にして思えば間違いだった。その後はこの経過の通りで、約10万円も上がってしまった。今後下がるかもしれないと、まだ一縷の望みを抱いてはいるのだが、冷静に考えればそれは絶望的だろう。しかし、どうしてこんなに航空運賃は日々変動するのだろう? ルフトハンザだけのことなのだろうか? 株式でも外貨でもそうだが、日々変動する値動きにいかに対処するかは、動物的な「勘」のようなものが必要な気がしてならない。
かつてテクニカルライターとして僕にはソニーの取扱説明書の原稿作成をしていた時期があった。僕が関わっていたのはオーディオ部門の取扱説明書で、試作機をいじって取り扱いに関する原稿を作成するのが僕の仕事だった。打ち合わせや作業のためにソニー本社で作業をすることも少なからずあった。その時はソニーの社員と同じ制服が用意されていて着用した。三宅一生デザインの淡い小豆色のような制服は袖の部分が着脱式でベストにもなり、その頃は目新しかった。世界でもトップレベルの企業の先見性のようなものを感じた。
きょうIEのニュースでジョブズ氏がアップルの社員にもソニーのような制服を考えたことがあったという興味深い記事があった。アップルの社員にもソニーのように制服をと考え、三宅一生にデザインしてもらって社員にはかったところ猛反対に遭って日の目を見なかったという。その時からジョブズ氏はひとり三宅一生デザインの黒いとっくりのセーターを着続けてきたのだそうだ。三宅一生デザインの黒いとっくりのセーターを100着は持っていたという。 このことから僕は2つのことを考えさせられた。一つは男の究極のファッションはジョブズ氏の黒いとっくりのセーターのようなシンプルな姿にあるのではないのか。ファッションショーなどでジョルジオ・アルマーニがいつも紺色のTシャツ姿で登場するのも男の究極のファッションはシンプルな装いにあるということを彼は自覚して表現しているのではないかということだ。着飾ったタレントや雑誌で人気の「ちょい悪オヤジ」に比べるとなんとストレートに訴求してくるではないか。 もう一つ考えさせられたのはソニーとアップルの違いだ。かつてウォークマンで世界を席巻したソニーは今や世界で勝負する新しい製品を何も送り出せずにいる。一方でアップルはiPod,iPad,iPhoneとたて続けにヒット商品を送り出して我が世の春を謳歌しているようだ。世界の中でソニーとアップルは完全にその地位が置き換わったといってもいいだろう。そこで思う。制服のソニーとそれを拒絶したアップルの違いを。
iPodとiTunesを久しぶりに同期した。トップ25の順番がいろいろ入れ替わっていて、「Amazing Grace」に代わって「我が祖国は風の彼方」(中島みゆき)が第1位になっていた。なるほどと納得できる。この曲はよく聴いた。
この曲がいいと初めて感じたのは、今年の5月、フランクフルトから成田に向かうルフトハンザの機内でiPodを聴いていた時だ。荒涼としたシベリア上空で、大震災による大きな被害を受けた日本をふと思ったりしたが、その時、祖国と日本とはイメージの世界では重ならなかった記憶がある。 祖国とは何か。今でもこの曲を聴くたびに思う。そして、僕はまだ一度も「祖国」というイメージがイコール日本となったことはないことに気づくのだ。同時に、中島みゆきが歌う「祖国」を「理想郷」と置き換えて聴くと、ぴったりするように思えるのだ。 この歌はこれからしばらくの間は第1位であり続けるだろう。僕のiPodの中ではとにかくいい歌だ。ナンバーワンなのだ。 ![]() ![]() ![]() 食卓の丸テーブルの上に、iPad用のワイヤレスキーボードを置き忘れていた。「シュールだ!」とそれを見て思わず思ったので写真に撮った。iPad本体がその場所になく、キーボードだけがあるのがとてもシュールに思えたのだった。 Appleとの付き合いは長くはない。ずっとパソコンの黎明期から僕はms-dosの世界に馴染んでいたので、必然的にWindowsの世界に移り、これまで長いことWindowマシンと付き合ってきた。Appleの存在はずっと気になっていたが、iPodを買ったのが付き合いの始まりで、その後iPadを使い始めた。Windowsの世界に慣れ親しんでいたので、Macの世界は勝手が違ってはじめは戸惑ったが、最近は慣れた。Windowsに慣れているのに、勝手が違うMacの使い勝手のよさに目を見張ったり、驚いたりする。使ってみると楽しいコンピュータの世界がそこには広がっていることに気づく。次のノートパソコンはMacBook Airにしようと密かに思っている。 先日、スティーブ・ジョブズ氏が他界した。このキーボードを見ると莫大な彼の遺産のひとかけらのように思える。偉大な人間と感じる人は、僕は現代の世界できょうは彼以外に思い浮かばない。彼の死はジョン・レノンの死と同じ重みを感じさせる。きょうは彼の存在自体がシュールだったと思ったりする。
我が家ではいつか必ず起こると言われる東京直下型大地震に備えるため、電気・ガス・水道などライフラインが寸断された場合を考えて、日ごろ備蓄を心がけてきた。米やパスタ、パック詰めのごはん、缶詰、インスタント食品などの食料をはじめ、ミネラルウォーターやペットボトルのお茶、カセットガスボンベ、乾電池、手回し発電のラジオなどなど。
しかし、東日本大震災を経てこれまでの備蓄では不十分だと思うようになり、さらに備蓄の品目の種類も量も増やすようになった。「備えあれば憂いなし」だ。しかし、これらの備蓄のダンボール箱が僕の部屋の空間にまで侵入して占拠するようになって、あまり気分がよくない。 さらに、食料の場合は賞味期限があり、それを超えたものを備蓄するのは考えものだ。そこで、賞味期限が切れようとしているパック詰めのご飯やミネラルウォーター・お茶などは新しいものに買い換えて、その際古いものを消費することになる。例えばご飯。新米が出回っていておいしいご飯が食べられる時期だが、備蓄しておいた古いものも食べないともったいないと、食べることになる。これらはどうしても味が落ちる。味に変わりはないのだろうが、ミネラルウォーターにしたって、古い水を飲む場合は、なんとなく気分がすっきりしない。 このような場合、「備えあれば憂いなし」とは言っても、気分的に古い食料を消費しなければならないと考えると新たな「憂い」が発生するような感じがしてならない。友人の中には「その時はその時よ」と備蓄など考えない豪放磊落な人もいるが、家人に言わせれば「バカね」ということになる。人は人だが、はたして、我が家の場合は「備えあれば憂いなし」と言えるだろうか? ![]() 先日、私の好きな散歩道を歩くと、どこからともなく金木犀の匂い(香りというべきか)が漂ってきた。その先に金木犀の並木が現れ、樹の下には曼珠沙華が一面に咲いていて、季節が変わったことを実感した。 金木犀の高貴な感じの匂いは、子供の頃を思い出させる。そのころは家が近づいてくるとこの金木犀の匂いが漂ってきて、その匂いは家が近いことを知らせてくれているような気がしたこともあった。街を歩いていてこの匂いがしても、不思議なことにその木が見えないことも多い。思わずあたりを見回したりする。 こんな木はほかにないような気がする。ふだんはそこに金木犀があることなど気づいたりはしないのだが、この季節になるとしっかり存在を主張していて、しかも子供の頃を思い出させたり、懐かしい思いを呼び覚ましてくれたりするのだ。 金木犀は不思議な木だ。
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