いつもの寿司屋に出かけた。
僕が住んでいる街にも寿司屋はたくさんあるが、なぜか寿司が食べたくなると電車に乗ってその店へわざわざ出かける(あえて店の名はここでは出さない)。予約しておいたカウンターに座る。顔なじみの板さんは笑顔で「いらっしゃいませ」という最小限の挨拶だけだ。たまに「お久しぶりです」などと言う板さんもいるが、だいたいはこちらから話しかけない限り余計な言葉はない。僕らの酒の好みを知っているはずだが「酒は◯◯でしたね」などと言ったりするお節介もない。黙ってツマミを出してその料理の説明をしてくれる。それがなくなる頃にタイミングよく次のツマミを出してくれる。酒がなくなってくると「もう1本いきましょうか」。これが実にいいタイミングだ。ツマミがなくなるとさらに次の一品。刺身から始まって焼き物・煮物・揚げ物・和え物・酢の物など板さんのその日のおすすめの手料理が出てくるのが楽しい。この店の場合、それらがどれもうまいのだ。
最後は握ってもらうのだが、いつも「今日は食べるぞ」を意気込んで行っても、2,3カンもらっただけで腹いっぱいになってしまう。カウンターの中に板さんは4人。5人の時もある。どの板さんに当たるかで出てくるもののが変わったりするから、それもその日の楽しみだ。
ホテルのレストランや割烹・料亭などでは大体予算に応じたコース料理などがあって、それはそれなりに手の込んだ美味しさがあるが、何故か魅力に乏しい。寿司屋にはかなわない。なぜかと考えたら、ホテルや料亭・割烹の料理は一方的に出された同じものをみんなが食べるからだと気づいた。寿司屋の場合は板さんによって出てくるものが違ううえに、例えば鯛の兜煮を食べたいなどと料理を注文して板さんの「コース料理」にバラエティを加味することもできる。そうなると僕一人だけの今夜の特別メニューとなる。
さらに、なんといっても寿司屋の場合は勘定がおもしろい。いくらになるのか、予測できない。勘定書を見てはじめて分かるというシステムも、ユニークだ。そして「足りるかな」と時には少々不安な気になったりするのも、また「いとおかし」。最後はいつも大満足となる。