人生で、過去と未来の時間の長さが逆転するのはいつだろう。単純に人生を70年とすれば、35歳を過ぎると未来よりも過去の時間の方が長くなっていくことになる。しかし、35歳の時に誰もそんなことを意識することはないだろう。僕も全くそうだった。
このごろやっと、未来の時間よりも過去の時間の方が長くなったことを感じるようになってきた。そのせいかどうかわからないが、何かの折に過去の印象的な出来事を思い出すことが以前よりも多くなってきたような気がする。
かつて中野に住んでいた頃、自宅が繁華街に近かったのでよく街に飲みに出かけた。よく通った焼鳥屋で、あるときカウンターで飲んでいた一人の中年の男の隣に座ったことがあった。彼は、焼き鳥を5本ぐらい、熱燗を徳利にひとつ。それだけ。肉体労働をしている人のように見えた。とにかく姿勢がよかった。背筋がまっすぐに伸びていて、凜とした態度だった。その姿から僕は明治時代の軍人を連想した。彼はゆっくり時間をかけて一合の酒を静かに味わい、そして静かに立ち去った。
この光景の記憶は今でも鮮やかだ。焼鳥屋でこれほど凜とした美しい姿勢の人を見たことはなかった。その後も見たことはない。久しぶりに焼き鳥屋に行ったら、この人のことを思い出した。