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家人と買い物に出かけた。周辺の魚屋などと比べて最近は品揃えも品質もずっとましなスーパーの魚売り場に、きょうは生きた毛ガニ(4500円)が2匹とマグロのカマ半身(2500円)が2つ、とくにマグロは今店に出したばかりという感じで並んでいた。両方に激しく心を動かされた。どうしようかと迷っていると、僕らより若い年代のご夫婦が大胆にもさっと手を伸ばしてマグロのカマを取り、かごに入れたのだった。もう1つしか残っていない。焦った。家人は「こんな時は、まずかごに入れるのよ! 買わないときは後で戻せばいいんだから!」と脇で叫ぶ。
結局、マグロのカマ半身を買って帰った。今夜の食事は脂の乗ったカマの刺身と手巻き寿司で決まりだ、と帰り道はその光景を想像して胸が踊る思いだった。 しかし、帰宅してそのマグロを捌くと、その脂の多さに驚かされた。ギトギトなどという生やさしいものではない。切り身にして刺身で食べようと思った部分を切り分けて皿に盛るとまるで脂の中に刺身が浮かんでいるような感じだ。 こんなはずではなかった。パッケージを見直すと、確かに「本マグロ」「生」とは表示されていたが、どこにも「天然」という表示はなかった。養殖物だったのだ。どおりで脂がギトギトだったのだ。血迷ったとしか言えない。酒もツマミも大満足の豪華な食卓になるはずだったが、口数も少なく盛り上がりに欠ける晩餐となった。 こんなことは恥ずかしいことなので、ブログで書くようなことではないかもしれない。しかし、このような過ちを繰り返さないためにも、記録しておく必要があると思ったのである。
体重が70kgの大台を突破した。ベトナムとタイ旅行から帰ると2kg増えていた。恐れていたことが現実となって落ち込んでしまう。
ふだんの生活では朝は牛乳とコーヒーぐらいですませるのだが、ベトナムとタイでは朝もしっかり食べた。ホテルの朝食はバッフェ方式だが、その場でオムレツを作ってくれるし、ハムも大きな塊から切り分けてくれる。このほかにアジアの料理もいろいろ並んでいる。野菜もクロワッサンもうまい。さらにフレッシュジュースも飲んだ上に果物などのデザートまで食べてしまう。気持ちのいいテラスで朝の光を浴びて食べる食事は満足感で満たされる。 そして、朝しっかり食べたのに、昼もなぜか食べたくなってプールサイドでビールとクラブサンドイッチなどを食べてしまう。夜はホテルで食べることもあるが、だいたいは街へ出て、ベトナムではベトナム料理を、タイではタイ料理を食べ続けた。これでは太るのは当然だろう。 人間が卑しいのだと旅から戻るたびに反省する。今回も同じだ。そしてまたダイエットだとつぶやいては「シシュフォスの神話」が思い浮かぶのである。
塩焼きのサンマが食べたくなった。残念ながら、自宅のグリルでは頭から尾まで一匹そのままの姿で焼くことはできない。半分に切って焼くしかない。半分に切って焼いてもいいのだが、それでは見た目にも中途半端な感じになってしまうし、サンマを食べるという気分が出ない。味も落ちるのではないかと思う。そこで居酒屋に入った。
細長い皿に塩焼きのサンマがそのまま一匹の姿で出てきた。よし。こうでなくちゃ。焼きたてのような熱さでサンマの旨さを味わった。熱燗もうまい。ところが、その店に若いカップルが入ってきて、カウンターの僕らの隣りに座った。男は野球帽をかぶっていた。もしやと思ったが、やっぱりかぶったまま飲んで食べ始めた。女は足を組んで、しかも皿を手にとって口のところまで皿を持っていって食べていた。サンマは旨かったのだが、この男女の姿が目に入って興ざめした。 食べ物の旨さは、そのものの味だけではなく、店の応対やサービス、店内の雰囲気にも影響されるだろう。しかし、それだけではなくこのような若い男女などの客のレベルも僕から見れば問題になるときょうは思えた。サンマの旨さから若い男女の食事のマナーに問題がすり変わってしまったが、居酒屋では仕方がないか。 ![]() 昨晩は明治記念館で大学時代のサークルの仲間とビアパーティー。これまでなら遅れてくる人間が必ず数人はいたのだが、午後5時という時間でも9人全員が集まったのには驚いた。芝生の広場のテーブルは開放感があり、いい感じだった。 途中で通り雨。スタッフが傘を配る。傘をさしてのビアパーティーというのもなかなか我々にふさわしく風情があった。雨が止むと芝生の中央部でヴァイオリン・ソロの演奏。篝火が燃え、柔らかいロングスカートが風に揺れて、チャーミング。メンデルスゾーンがまたいい感じであった。 それにしても、みんなよく飲むよ。 先週、仙台のKさんとKちゃんから相次いで贈り物が届いた(KさんとKちゃんは別人)。ふたりとも今回の大震災の被災地の人だから、こちらからお見舞いをしなければならないのに、順序が逆転してしまって心苦しい。Kさんからはホヤの塩辛と莫久来(ばくらい)。あの大震災でホヤは全滅したようだから、震災前に製造されたこの二つの珍味は、宝物のような感じがする。一方、Kちゃんからは日本酒の勝山「暁」。勝山は仙台の高級酒で、ラベルは特別の「3.11」。震災で大きな被害を受けたがその被害を乗り越えて作り上げた酒だという。 最高級の酒と東京では簡単には手に入らない珍味を前に、頭が下がる思いだ。そう簡単に飲むわけにはいかない。そう簡単に食べるわけにはいかない。Kさん、Kちゃんありがとう。 ![]() これまで、こんなことはあまりなかったのだが、イタリアから帰って来たら日本食よりも無性にイタリアンが食べたくなって、ずっとイタリアンの夕食が続いている。暑い日がやってくると刺身などはあまり食べたくなくなるのと関係がありそうだ。 とういわけで、今夜もイタリアン。アンティパスティのサラダ、砂肝とトマトのイタリア風ソテーのあと、最後はピザ。自家製のピザは味、ボリュームともに申し分ない。ピッツェリア風の夕食ではあったが、十分にイタリアを思い出させてくれた。
これは最近気づいた問題だ。
これまでも家人が自宅でピザを作ることはあったのだが、最近は冷凍のものや宅配のもの、レストランで食べるものよりも家で作るピザの方が絶対にうまいと思えるようになった。家人が作る場合、生地から作るので、昼頃から準備を始めないと夕食には間に合わない。うまいのはそれだけの手間暇をかけるせいかもしれない。しかし、それだけではなく、微妙なレシピの違いにありそうだ。 自宅の方がうまいと思えるようになったものはピザのほかにも多数ある。和食もイタリアンもフレンチも数多い。なぜか。たぶん、これまで海外も含めていろいろレストランで食べてきて、僕も家人も味覚が進化したのだろう。その結果、外で食べるよりも自分たちで作る方がうまいものができるということになったのだろう。 たぶん、家人は味覚の平均的なレベルをある時に超えたのだろうと思う。その結果、街のレストランよりも自分で作った方がおいしいということになったのだろうと思う。どちらかと言えば食べる方がメインのぼくにはありがたいことではあるのだが。 そこで、問題だ。どこか食事をしに行こうと考えても、「うちで作った方がおいしいよ」ということになって、なかなか実現しないのだ。もう一つ。どこか外のレストランで食べても「うちの方がおいしいかもね」となってしまうのだ。これは不幸な問題と言えるかもしれない。 浦霞は宮城県の酒では最も有名な酒のひとつだろう。ところが、先日仙台で一緒に食事をした際にKちゃんご夫妻からお土産として浦霞の焼酎をいただいた。なかなか手に入りにくいものだそうで、ぼくは浦霞で焼酎も造っていることなどまったく知らなかった。さらに、僕は日ごろ焼酎は飲まないので焼酎に関する知識はあまりなく、サツマイモやそば、麦などは知っていたが、米も原料になることも知らなかった。家に帰って,ロックで飲んでみた。香りがあり、日本酒とはまた違った深みのある味わいでなかなかいけるではないか。手に入りにくいという話が頭に残っているせいか、さらに貴重なうまさを味わったような気がした。 Kちゃんご夫妻とご子息と一緒の食事は楽しかった。念願の「仙台でホヤ」も味わって大満足であった。さらに二次会にまでご案内いただき、返す言葉もない。Kちゃん、ご主人、ご子息、ごちそうさまでした。浦霞の焼酎をありがとうございました。また、行きたいよ。
ときどきイタリアンが食べたくなる。メインの料理はさておき、カップレーゼが食べたくなる。しかし、スーパーでは国産のモッツァレラしか置いていない。まるで小麦粉の団子のような感じでまずい。なぜ、このようなまがい物がいつまでもまかり通っているのか不思議でならない。そこでイタリア産のモッツァレラを買いにデパ地下まで行かざるをえなくなる。
ウィンナソーセージなどはヨーロッパの味にだいぶ近づいてきたと思うのだが、チーズ類は国産のものはどれもまったくだめだ。しかし、スーパーにはたくさん並んでいるのだから、生産者としては商売にはなっているのだろう。みんなよく我慢できると思う。さらに、家人などはスモークサーモンもハムもまったくだめだというが、同感だ。 ヨーロッパでの食事を思い出すと、日本の国産のものはこのようなまがい物のような味ばかりで、とても比べものにはならないと思う。ヨーロッパで食べて本物の味を知ったことが不幸のはじまりと思えてしかたがない。
「野口屋」の幟を立てて日曜日ごとにリヤカーを引いてやってくる青年とは、きょうはもうすっかり顔なじみという感じになった。先週、マンションの前の通りで彼から豆腐を買い、彼の質問に答えて住んでいる建物を教えた。きょう、彼はマンションの前で立ち止まり、ラッパを鳴らし、「とーふー、なまゆばー」とこちらへ向かって声を上げていた。
廊下に出て手を振ると、すかさず彼は僕を見つけ、マンションの玄関までリヤカーを引いてきた。きょうは生湯葉と味噌のしそ巻きを買った。どちらも夕食の日本酒にはぴったりだった。生湯葉の濃厚な味は言葉では言い表せないうまさだった。 スーパーで買い物をする場合はまるでロボットのようなレジの女の子やおばさんとの機械的な会話だけだが、リヤカーの彼とは人間的な会話があることに気づいた。彼のように都内でリヤカーを引いている人は約300人。アーティストの卵や劇団員などがアルバイトで売り歩いているのがほとんどだという。彼はとても人なつっこい感じがして、スーパーの女の子たちとは対照的だ。 < 前のページ次のページ >
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